2015年05月26日

う話を家から聞か

心ついたころから親に大変厳しくしつけられました。子供らしく振舞うことができなかったんです。いつも大人のように人と接しなくてはなりませんでした。友達もあまりいなく―ーあたりまえですよね、いつも大人みたいにふるまう子供と遊びたいなんて思う人はいませんよ――学校が終われば一人で家の中で過ごすことがほとんどでした。やりたいことも出来ず、反対にやりたくもないことを押し付けられてつらかった。なのに妹の修子や弟は自分のしたいように生きて、それでも叱られることがほとんどありませんでした。そして一番嫌だったのがきょうだいの手本となるようにと言われて勉強ばかりさせられたことでしょうか、でも私そんなに頭は良くなかったので手本になれはしなかったんですがね。ずいぶん叱られましたよ、『お前はそれでもこの家の長女か』ってね。妹たちはそんな私を見て陰で嗤っていたみたいです。出来の良い修子と比べられたことだってあります、あれは本当に嫌ですねえ。

それに『苦手なものがあってはいけない』とも言われましたし…。

そんなことをされているうちに私の心から温かい感情がどこかに消えて行ってしまったんです。

人を思いやるとか助けるとか、そんな感情が日に日に薄くなって、それは自分でも怖いことでした。でも自分ではどうしようもなかった湖色約人…。

人並みに友人と遊びに行きたい、それもだめ。絵をかきたい文章を書きたいそれもだめ、だめだめ尽くしのそんな私が希望を見出したのが「海軍兵学校」への入学でした。海軍に入ってこの家から、親兄弟から離れられたらあるいは本来の自分が還って来るんではないかと思いましてね。ええ、兵学校に何とか入れました。でもハンモックナンバーは下の方でした。でも私はそれでもよかった、自分らしく生きて行けることができたんですもの、これは人生で初めての壮快な体験でしたよ!

そのうち修子がやはり私の後を追うように兵学校に入ったという話を家から聞かされ、正直逢いたくないなあと思っていました。修子の方が頭はよくきっとハンモックナンバーも上でしょうし、またそこで比較されるのは嫌ですもの。

で、これまでずっと修子と逢わずに来ていたんですが今回とうとう。reenex

久しぶりに見た修子はうわさに聞いていたようにラケットを振り回してバカみたいなことを言って、皆様にはとてもご迷惑なことでしょう。人を馬鹿にしたようなあの態度も治っていないし。

それを目の当たりにしたら腹が立ってしまって、みなさんにはみっともないところをお見せする羽目になりました。

本当に…ごめんなさい。そしてありがとう、私の話を聞いてくださって。感謝します――reenex




  


Posted by gfhgh at 12:40Comments(0)生活纪实